3.11 東日本大震災の体験~災害直後にしてほしくないこと

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営業アドバイザー兼電子書籍作家・プロデューサーの佐崎秀樹です。
記事をお読みいただきましてありがとうございます。

ほんのわずかでも記憶の風化を防ぐことにつながるならと思い、
こんな記事を書いてみます。

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3.11当日僕は救われたのかも…

僕は東日本大震災のとき、仙台に住んでおり、営業として岩手県・青森県を担当していました。

当日は、新幹線で上司と共に岩手県盛岡市に向かい、手分けして商談に対応する予定でした。

上司は盛岡市内、そして僕は沿岸へ向かう予定でした。

ところが、前日の夜に代理店の部長が亡くなられ、

上司はそのお通夜に、ぼくが盛岡市内の商談に対応することになったのです。

もし沿岸に向かっていたならどうなっていたことか…

長らくがんと闘病されながらもお仕事をされていて、
その最後に僕らを助けてくださったような気がしています。

助けていただいてありがとうございます

3.11被災のとき

2011年3月11日 午後14時46分。

予定が変わった僕は、盛岡市の岩手医科大学附属病院の
廊下を歩いているときに被災しました。

同行していた代理店の方の携帯電話のアラームが鳴りました。

趣味の悪い着信音だな(笑)、「客先ではマナーモードにしてください」
と言いかけたとき僕の携帯も同じ音を発しました。

お互い顔を見合わせて、携帯を取り出した数秒後建物が揺れ始め
ほどなく揺れが強まって数分間続きました。

揺れている間に、停電し、自家発電で非常灯がつき、
長時間の揺れに耐えられなくなった棚や備品がつぎつぎと落ちていきます。

窓の外を見ると、ビルの外壁工事の足場がメトロノームのように揺れており
その上にいた作業員2人が必死でしがみついています。

落ちないことを祈るしかありませんでした。(助かりました)

その後、次の客先に今日の訪問は取りやめる旨の連絡を入れ、
駅に向かいましたが、仙台に帰るための電車は動いておらず、
しばらく代理店さんの事務所で待機することになりました。

3.11同時刻

あのときは日本中大変だったと思います。

後で聞いた話ですが、東京でも会社で宿泊を余儀なくされたり、
のちに赴任した神戸でもかなり揺れたらしいですね。

僕の弟も東京出張中で、何日も地元に帰れなくなりました。
仙台に家族を残して単身赴任をしている人も、交通手段がなく様子を見るしかない…

なにより、青森での代理店さんの部長のお通夜に向かった上司が、
新幹線ごと山中のトンネルに閉じ込められてしまいました


僕らから見たら、もしかしてトンネルで止まった?と想像はできたものの、完全に行方不明でした。

3.11当日 地震の後

代理店さんの事務所に待機したわけですが、
電気が止まっていますから、とにかく情報がない
単なる大きな地震だとしか思っていなかったので
集める必要があるともおもっていなかったですね。

正確には、当時のimodeやワンセグTVで情報を集めることも
不可能ではありませんでしたが、電池が切れてしまってはいざというとき
困るので積極的に携帯を使用することもできず…

まずは、行方不明になった上司の行方を探すこと。
そして、外勤している代理店さんの社員の安否を確認することが最優先。

そこに、本社や他の支店からの電話やメールの嵐

僕は当時主査という役職(当社では係長と課長の間)で、
前述のように上司(課長)が行方不明であったため、
僕に状況報告をしろという連絡が各所からガンガン来ます。

他地域の友人・知人からの問い合わせも相次ぎ…

家族とも連絡が取れないのに!

どんどん携帯の電池が減っていき、最後はブチ切れ、
何かわかったらこちらから連絡します」と
タンカを切って電源を切りました。

相手も仕事なので仕方なかったのですが…

3.11 現地にいない方に知っておいていただきたいこと

このあとはみなさんご存知のように、15:50頃津波が発生します。

ほぼテレビが見られない現地の僕らは全く知る由もありませんでした。
(実際には車のラジオを聞けばよかったのですが、
これほどの惨事になるとは思っていなかったため
そこまではしていなかったのです)

2011.3.11 東日本大震災 報道番組 15時51分

【現地が一番情報が少ない】

当たり前と思われるか、意外に思われるかわかりませんが、

ぜひ覚えておいていただけたらと思います。

【停電の地域の人に安易に電話をかけてはいけない】

かけてもつながりませんし、貴重な電池の残量を減らせてしまうことになります。

メールも安全が確認できたら、何往復もしないように工夫しましょう。
お見舞いは後日でも言えます

だいぶ長くなりましたので
翌日以降の話(緊急車両登録をして津波の被害を
早期に見て回った体験や原発の恐怖など)

も書きたかったのですが、だいぶ長くなりましたので
このあたりにしておきます。

反響次第で追記するか後編を書きますね( `―´)ノ